DJ 鹿島千穂 × HokkaidoThai.com presents

第二回
タイ ドキュメンタリー・シネマ

『デック 子どもたちは海を見る』
チャリティー上映会 in 札幌


 2008年12月23日(火) 午後14時~(上映時間100分)

監督: ポップ・アリヤー
韓国EBC主催「スピリット・アワード2006」大賞受賞作品
韓国釜山国際映画祭 企画賞受賞作品、バンコク国際映画祭出展カンボジア「シネメコン」映画祭最優秀作品、国際連合難民高等弁務官事務所UNHCR主催「難民映画祭」出展

予告編を見る
『デック 子どもたちは海を見る』ストーリー

タイ国チェンマイ県に山岳民族の小さな学校、メートー学校。この学校では、タイ北部の山岳地帯に住むカレン族やモン族などの山岳少数民族の子どもたちが親元を離れて自活しながら勉強しています。山の学校の生活を通して、子ども、家族、信頼、教育、自立…、新しい視界が開けてくるスピリチュアリティいっぱいのフィルムです。

チャリティーについて

この上映会の入場料から会場費などの経費を差し引いたすべての額を「デック基金」として、日本のNGO団体「地球市民ACTかながわ」を通してタイ山岳民族の子どもたちの就学に役立ててもらいます。



「地球市民ACTかながわにより
デック”入場料で、4寮を借上げ

 2006年1月8日から始まった“デック 子どもたちは海を見る”の上映会は1年間で、全50回の上映会が開催され、約3,000人の方に見ていただきました。

 この間の入場料の売り上げは100万円以上になり、この資金でメートー中学校を卒業した生徒達がチェンマイ市内の高校に通う4つの寮の借り上げ費と、メートー学校の敷地内の中学生のための新寮の建設費の一部となりました。この寮の支援により、男子12人女子4人が新しく高校に入学できました。又、中学生のための新寮建設により50人が2階建、トイレ、水浴び場つきの快適な寮に入居できることになります。」


札幌上映会の詳細
日時  2008年12月23日(火曜日) 午後14時~(上映時間100分)
場所 ATTIC 〒060-0063 札幌市中央区南3条西6丁目 長栄ビル4F
TEL/FAX 011-676-6886

入場料 大人 1000円 小人(中学生以下) 500円
*映画はタイ語ですが、日本語の字幕が付いています。
申し込みと問い合わせ:
E-メール:info@hokkaidothai.com
Fax:011-861-2333
支払い方法:当日

FM NORTH WAVE DJ 鹿島千穂が見た感想

「私自身、東京でJICAがこの映画の上映会を開いた際に作品を観て、子どもたちと先生との信頼関係に胸を打たれました。この映画が、「わたしたち日本人が忘れかけている大切なものは何か?」を考えるきっかけになればと思い、自主上映会を開催することになりました」

2007年10月14日札幌でタイ映画チャリティー上映
「デック、子どもたちは海を見る」に100人の観客が来場!



2007年10月14日、札幌市教育文化会館で「デック 子どもたちは海を見る」タイ映画チャリティー上映会が催されました。
日曜日10時という早い時間にもかかわらず、100人の来場者が会場に来られました。 

この上映会はFM North Wave DJ 鹿島千穂 と北海道タイ協会が主催。共催:北海道国際交流センター(HIF)後援:北海道、(財)札幌国際プラザ、NPO法人ボラナビ倶楽部。




上映の目的は入場料を基金としてタイに送り、山岳民族の子どもたちの就学支援に役立ててもらい、映画を通して「本当の豊かさとは何か?」について考えてもらうことでした。

総来場者数 100人(大人95人、小人5人+入場料の寄付1名)で、集まった合計金額は98,500円。この合計金額から経費の9,460円(会場費6800円、プロジェクターなど機器のレンタル費2660円)を差し引いた金額89040円を2007年10月15日に「地球市民ACTかながわ」を通じて寄付いたしました。

第二回の上映会や札幌以外での上映会も検討しています。次回の上映会の情報は北海道イドットコムのHPでお知らせする予定です。



札幌上映会の参加者の感想(一部)

映画の中で最も印象に残った言葉は、先生が子ども達を海を見せに連れていく時に述べた「山で生まれた水は海に注ぐことを、子ども達、一人一人が自分で確かめる」であった。社会という大海原に流れ出る子ども達に、山岳地方の貧困で育った水も、この地球で1つでしかない海に出てゆくのだと、教師と生徒と共に体験を通して学んだところがよかった。(30代、女性)

校長先生の「この子たちは貧しいけれど哀れではない。」
女の子の「波をたくさん飲んでしまった。」というような言葉が印象的でした。
援助が具体的な形で見られて良かったです。(60代、女性)

小さなことからはじめよう。自分にできることからはじめればいいんだ。
日本の学校にもどんどん上映してほしい。(60代女性)

とても良い映画でした。
タイの(農村)の子に進学支援しているので関心がありました。
日本の子ども達にも見てほしい映画です。(50代、女性)

豊かさは心で感じるものと教えられました。(60代、女性)

国際協力とかよく言われますがこうして支援される側の彼らの実情を見られる機会というのは大変貴重であったと思います。(20代、女性)

教育は生活の中にあるんだなあ、と改めて思いました。
「驚きと感動に満ちた人生、それが人生そのもの」という冒頭の言葉がとても印象的でした。見れて良かったです。(20代、女性)

「大人が子どもに誠実に関われば子どもは応えてくれる」
この言葉が印象的でした。昨今の教育や子どもの問題も、このタイの先生方のように日本人の大人たちも子どもと関わっていけば、何か変わるのかもと思いました。
(20代、女性)

私は今、大学で教育について学んでいます。将来も教育に関わる職に就けたら、と思っており、この映画を見て再び教育というものについて純粋な気持ちで考えることができました。(20代、女性)

子どもたちの表情が段々と明るいものになっていくのが見てとれた。
この学校を卒業したとしても彼らはまだスタートラインに立ったばかりだ。これからまた別な苦労を味わっていくのだろう。でも、そのスタートタイインにすら立てない子ども達がまだたくさんいるのだろう。日本であたりまえの機会均等の権利の重要性を感じた。(30代、男性)



上映会の様子 




MC:DJ鹿島千穂


ボランティア :受け付け



主催者の記念撮影

北海道タイドットコム
北海道のタイ総合情報サイト
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                              Short Story From TPAK HP 

story 

Making of Dek 映画“デック”の誕生秘話

映画監督アリヤー・チュムサイが、ある日海辺を散歩していたときのこと、生まれて初めて海を見て歓声をあげる山岳民族の子どもたちの姿に心を打たれた。やがて、貧困、麻薬、買春、差別…子どもたちを取り巻く現実を知り、稲妻が落ちるような衝撃を受けた。 カメラマンのニサ・コンスリは、カメラをかついで一年間タイの山の学校で子どもたちと暮らし、その姿を追い続けた。こうして二人のタイ人女性が、タイの山の学校を映し出した渾身のドキュメンタリー映画(100
分)が誕生した。

一人ひとりの子どもたちが織りなすゆたかな関係性の物語

リエンジャイはモン族出身。
 学校から120キロ離れたところに住んでいる。
 お父さんは狩りに出て事故死した。
 将来は教師になりたい。
 ある日、お母さん に尋ねた。
「お金のかからない学校を見つけたら行ってもいい?」と。



ワルートはカレン族出身。
 教室で勉強することが嫌いで、
 いつも学校を抜け出す。
 心を閉ざして、時には一週間も姿を見せない。
 先生たちの悩みの種。


タイ北部の山岳地帯には、さまざまな言語を持つ、さまざまな民族の子どもたちが一緒に暮らし一緒に学ぶ学校がある。お金も物もない子どもたちの目の前には、たくさんの障壁があるけれど子どもたちには夢がある。仲間がある。信頼と愛がある。
子どもたちは海を見る。
大人たちは 、子どもたちが海を見る日を夢見ている。
そして、・・・

毎日が仲間とともに暮らす学び
山岳民族の子どもたちのためにメートー学校は寮制だ。
学校は、第二の家族、大家族。
授業が終わっても、先生と子どもたちは一緒に暮らす。
そこでは、子どもも大人も、病気になったり、悩んだり…
泣いたり、笑ったり…の毎日が続く。



校長先生は“大きな先生”
 校長先生の願いは、学校が楽しい場所であること。
 ギターをひいたり、おしゃべりしたり、
 食事のこと、進学資金のこと、健康のこと、
 みんなのことをいつも考えている“大きな先生”
 ある日、校長先生が大きな病気になった…


先生、行かないで!
 メートー学校の先生は単身赴任している。
 それぞれの先生には家族がある。
 8年間、生徒と暮らし続けてきたデーン先生は
 難病の娘さんの進学を助けるために
 故郷に戻らなくてはならない。

 


それでも子どもたちは海を目指す!
  
海を見る日は、もうすぐ。
  もうすぐそこまで、近づいている。
  それは、学校を卒業するとき。
  卒業はうれしいけれど、
  仲間とは別れるのは、さびしい。。。
  川の水は源流から生まれ海へと注ぐ。
  子どもたちは自分の目でそれを確かめるんだ。

              
デック自主上映プロジェクトに寄せて

東南アジアから日本を映すスクリーン

ティーンズポスト 代表 八巻香織 (思春期・家族カウンセラー)

車は十年前と変わりない一本道を辿っていった。それは長く長く曲がりくねった山奥へと続く道。それで
も、十年前とかなり違うのは、車の振動と砂埃の少なさだ。十年前には、トラックの荷台で口と鼻をバンダナでカバーしてひたすら揺れるでこぼこ道を走っていた。今はクーラー付きの四駆。道路も舗装されて無駄な揺れはない。
  チェンマイ市街を通り抜けて山岳地帯を三時間ほど走り、ニンニク農家の村を通りすぎ、飛行機の着陸のように急斜面を滑り落ちて辿り着いたメートー村は、十年前には、電気も水道もなく、子どもたちの衣食住もギリギリの状態で、中学校もなかった。
  教育を受ける機会がないということは、それ自体、背景に貧困問題を抱えているのだが、教育を受けられない子どもたちは非人間的な仕事しか就けず、故郷の村に帰ってくることも出来ない。教育格差は経済格差として伝播するのだ。
  そこで、大人たちは子どもたちが地域で教育を受けられようにと真剣に考える。
  地域の学校と言っても多くの子どもは山道を何時間もかけて辿り着く距離に住んでいるため、入学と同時に親と離れて暮らすことになる。だから、学校は子どもたちの衣食住も保障しなければならない。
 十年前の入学式の日には、我が子をなんとか入学させたい一心で校庭でハンガーストライキをしている少数民族の親たちが座り込みをしていた。
  学校側もできることなら入学させたいのだけれど受け入れるからには子どもたちの三食も保障しなければならないから、苦渋の選択を強いられるわけである。教員の多くは単身赴任で、そこで教科を教えるだけでなく、子どもたちの衛生教育から人生相談までを担っていた。
  TPAK(地球市民ACTかながわ)の海外協力は、まずその教員たちの愚痴の聴き役からはじめて、次第に日本で調達した衣服や文具などをトランクにつめてメートー村に運び込み、帰りには空になったトランクにチェンマイのナイトバザーで仕入れた民芸品を詰めて日本に持ち帰り、それをボランティアの手で販 売し、その収益をスタディツアーとともに、再び小さな村の学校へ運び続けてきた。
  それから十余年、現在のメートー村には小学校も中学校もある。生徒会で自主運営し生徒が授業の合間に交代で店番をする校内売店もある。今年は十人がチェンマイの大学に進学し、その子たちは将来教師になってこの村に戻ってきたいと願っている。美しく整備された校舎で、ライフスキルトレーニングを受け、パソコンに向かって生き生きと学ぶ子どもたちの姿に、TPAKの十年のプロジェクトの成果がはっきりと映し出されていた。
  メートー村の校長さんは「これまでこの村を支援してくれたNGOはたくさんあるけれど、こんなに長い間、継続して関係を作り続けてきたのはTPAKだけです」と言う。
  その関係は、お互いが学び合い分かち合い自立しあう“相互依存”という“共生関係”だ。お互いの成長を喜び合い、新たな変化を受け入れる“しなやかさ”がそこにあった。
  学ぶこと、自立することが、独占でも孤立でもなく、人と人との関係として循環する環の中にある。それこそが、豊かさというものではないだろうか。今日の若者たちの労働状況や自立観を語る時に、日本社会の変遷をたどらずにはいられないのだが、1950年代までの日本は、このタイの山奥の村とさして変わらぬ状況であったのに、タイの村にはこの十年間で豊かさの循環が生まれた。
  一方、循環するどころか閉塞し続ける日本は豊かさをいったいどこで取り違えたのか。日本から遠く離れたタイの山奥の小さな村で展開したプロジェクトに光を当てることで、次代の労働観と自立観が闇のスクリーンに浮かび上がってくるはず
だ。
  チェンマイ市街に戻る帰路、TPAK事務局の近田さんが面白い話をしはじめた。
  タイの有名女優が偶然にもメートー村の子どもたちと出会い、ドキュメンタリー映画を撮り、最近それが完成し、近々首都バンコクで公開されるのだと。そして、その映画を日本向けに編集して、自主上映の輪を広げて、メートー村から大学に進学した若者たちの寮を運営する基金を作りたいのだと。
  そういや、いましがた会ってきたメートー村の校長さんも「現在のメートー村は自立的にやっていける力がついて、不自由なことはないけれど、ここを巣立ってチェンマイの大学へ進学した子どもたちへの支援が必要だ」と言っていたっけ。
 
  それから間もなくして、TPAKは、映画の製作者とコンタクトを取り、最終版のオリジナルを受け取
り、日本上映に向けて動き始めた。
  子ども、家族、教育、自立…新しい視界が開けてくるスピリチュアリティいっぱいのフィルムの日本版はまもなく完成予定だ。
  そう、自主上映の輪を全国各地へと広めたい。                                (2005.10.20)
北海道タイドットコム
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